第2章
  1、大阪高裁第82法廷

  <その10> 戦況は急転直下で終局へ・・・         2002.2.15〜

控訴人意見書 控訴人加藤木敏雄への書簡3
上告についての緊急提案 「松本上告書案」批判
カマキリれぽーと4 「私の視点」シベリア捕虜は沈黙しない
控訴人木谷丈老への書簡4 戦後補償フォーラム A氏への書簡

控訴人意見書                            2002、2.15.

昨年11月に国側が遅まきながら反論を示したことにより、本審もようやく端緒につき、いよいよ裁判も本格化の様相を呈して参りましたが、そこで思い起すのは平成12年8月25日 原審における唐突の結審であります。さて今からが正念場、いよいよ審議のはじまりかと緊張と期待に身を引きしめたその時、寝耳に水の如き打切り宣言はショックであり、まことに不本意極まる次第でありました。ろくろくご審理もなさらず、現地の検分も証人の尋問も行われないまま、よくもこれで判決ができたものかの不信と、そのときの憤懣やるかたない思いを今も忘れる事ができません。あれで審理は尽されたとどうして申せましょうか。当審ではかかることのなきよう、幸い被控訴人もその準傭書面において “控訴人らの主張を争う” と申しておりますので、何卒充分に双方の争う時間と場をお与え下さらん事をお願い申し上げる次第であります。そのためにも以下を是非ご検討下さい。

1、シベリアの現地検証の実施

このことは当初より何回となく要望する処でありますが、今回も厳冬期の実行は見送られ遺憾に堪えません。事件は先ず現場から はいずれの事件であれ、ミステリーであれ真実探究への鉄則で、本事案についても欠かせぬ手段であろうと思います。 “「シベリア抑留」の苦労はよく聞いて判っているから、わざわざ行くまでもないこと'' と頭で理解されるのは正しくありません。本当に知るためには是非身体で、肌で知って頂かなくては後々に悔を残すことになりましょう。実行されないのであればせめてこれを読んで頂きたい、1952年国連へ出された報告書 「ソ連地域にて日本人捕虜及び抑留者が服した強制労働に関する報告」 で、このほど公開された外務省の公文書であります。 (甲第95号証)

2、証人尋問の早期実行

「シベリア抑留」は国体護持と役務賠償のため関東軍将兵68万をソ連に引き渡した事件でありますが、その事実を確かめるため当時の実務推進者であった瀬島龍三元参謀ほか二名の尋問を求め続けているに拘らず、未だ実現を見ないのは何か仔細あってのことでしょうか。この尋問なくして審議が尽くせたとは申せません。何卒関係者の寿命尽きぬうちに実施下さいますよう、重ねて要望申し上げます。

3、裁判官は双方にどんどん質問されるべきではないでしようか。書いたものだけで主張の意図が総てお判りになるとは思えません。充分に趣旨が汲み取れない点は求釈明権を発動され、更に深い糾明に努められるよう要望いたします。

4、被控訴人は “国に補償の義務はない” と再び老兵らの訴えを退けたいのであれば “その責任のすべてはソ連にあり、従って国に補償の義務はない” とその理由と証拠を明らかにして反論しない限り、自分は知らないといって逃げの一手を図るだけでは決して一件は落着しないのであります。そもそも本事案は捕虜と日本、ソ連の三者の外に該当者はなく、大岡裁きの三方一両損でいうならば日ソ両国は既に莫大な利得を収め、捕虜のみ一方損を蒙っている現状は説明を要しない処でありましょう。 “人は働けば報酬を受ける”ことから、また “人間は喰わねば生きられない” ことから、捕虜の労賃と給養費が否定されることはない筈です。するとその支払義務者は日本かソ連かで、裁判官はそのどちらかを国際諸条約及び、人間の道理に則って判断されればよいことで、その場合片方に補償の義務なしの申し渡しをしただけで済む問題ではなく、真の義務者 (犯人) とその理由を、ハッキリと内外にお示しあってはじめて大団円と申せましょう。そのお裁きが表現こそ変われ結果として “シベリア捕虜に限りめし代も労賃も一切支払う理由なく、奴隷同然の酷使も当然で、人道的にも国に補償の義務はない。” とした原審は、証拠に基いた正しい判断ではありません。この高裁では真実と国際人道法及び日本国憲法の、人権保障の各原則を遵守した公正裁判を求めるものであります。

  控訴人加藤木敏雄への書簡 3             2002.2.20.

           

 意見書を読み上げて さて今からかと、身構えた瞬間の抜き打ち的結審には意表を衝かれました。その危険は充分あるよ と弁護士のOさんからは聞いていましたが、いざやられてみると腹が立ち、正直申して風船から空気が抜けてしまいました。その上これに追い討ちをかけるSさんには毎度のことながらくたびれますが、貴方の助太刀で救われました。仰せのとおりこの人物は応援団長ではなく、これでは後ろか弾丸を撃つ督戦隊長であります。

 Sさんご不満の始まりは法廷風景の思い違いで、どうやらテレビドラマの見過ぎのようです。赤カブ検事の熱演に比べ、カマキリは葬式かお通夜のようだ “僅か5分や10分で黙らされ、生意気な訟務官には舐められて手も足も出んじゃないか、何が口頭弁論だ。” Sさんには準備書面が中心となる行政裁判の仕組みがお判りではなく、暫くは叱られてばかり、そのうち他所の法廷を覗いてやっと合点がゆかれたようですが、今度は書面への注文で、これは松本さん同様の箇条書き方式のご注文です。国の「請求自体失当」と「主張自体失当」の意味が判らずに “返事がないのは返事が出来ないからであり、すべてこちらが勝ち、お前も何故これをやらないか” と叱られる。さらには “松本書面に署名をしないとは何事か”と怒られ、これにもまったくお手上げです。

 この人物は私より古い楠荘メンバーで、当然原告に加盟される一人だろうと思っていましたのに直前でキャンセル、プロのOさんを加え貴方が「7人の侍」とは縁起が良いね と喜んでおられたのに意外な変身でしたが、私はそのわけが次第に判ってきたように思います。自分では決して手を汚さないタイプなのです。よく資料を送られ、意見も熱心、しかしこれらは応援席からの命令書で、その目的は人にやらせて自分は動かず、労せずして国からカネを取る戦法です。この人が軍恩加算にも期待を持ち、相沢派に熱心な煽動を行っておられることも知りました。送ってもらったたくさんの資料の中に混じって相沢英之氏への手紙があり、実に丁重な・・・・必要以上に持ち上げた表現で、これは加算運動の執拗な依頼状でありました。この人は私のような単純な男に人参を与え、鞭を入れる実に利口な騎手であり、馬が脚を折ろうがどうなろうが狙いは一つ、賞金なのです。

 その軍人恩給加算ですが、私はカマキリの裁判よりも更に成功確率の低い運動であり、そのうえ発想が爽やかでなく同意ができません。ところがジュネーブ直訴に失敗した全抑協が近頃この加算運動にも熱心で、私も昨年ご相談に預かったことがあります。11月17日の国会デモのテーマである 「未払い賃金の支払いを求める請願」に合わせ、軍恩加算の併記併願はどうかのお尋ねでした。私は全抑協の門外漢でその立場ではありませんが、次のとおり意見を述べたことがあります。

1、戦争責任が重い軍人ほど多くを取る制度には賛成できない。軍人にはすでに出し過ぎだと 役人でさえ不快感を持っている。

2、ドイツのように元帥も兵卒も一律で、抑留月の累進なら公平だが、対象基礎が年刻みの下部切捨て制では不合理で解決にならない。(1ヶ月不足でも失格では末端者の収まりがつかない)

3、改正の必然性が乏しく、逆に他への波及や新しい不公平の発生が懸念される。


4、出来そうもないことをのらりくらりと続けているのは補償要求を諦めさせ、ゴマ化すための時間稼ぎであり、それを相沢派にやらせている自民党の策謀である。

5、その尻馬に乗るのは見苦しい。あくまで「未払い賃金」一本でやるべきである。

 カマキリ旗揚げ以来早いもので3年、ここにきて芝居のように背景の幕がらりと変わったように思います。孤立していた砦にひたひたと潮が満ちてきた、そんな感じがしませんか?ムネオをめぐる4島のお粗末外交とロシアへの関心、海の向こうの米兵元捕虜の裁判、それぞれがドラマの筋として登場し、カマキリにも脚光が当たろうとしています。それに花を副えるのが東京での新しい運動で、これこそが本筋、注目です。全抑協の東京都連と戦後補償ネットワークの協力で民主党に「補償法案」を上程させようというもの、これは是非具体化、推進して頂きたい。それもカマキリの火が消えないうちに、連携して・・・・ 貴方と木谷さんの出番です。

 高裁判決の如何に関わらずいずれ上告ですが、今度こそ一本化を、またこれら友好団体との協力による立法化、これが今後の方針です。

 *お願いを一つ・・・・

前の全抑協裁判のときの弁護士でお知り合いはないでしょうか、最高裁のことで聞きたいことがあり、もしご存知ならお知らせください。

   上告についての緊急提案             2002.3.31.

 3月28日、全抑協のさる役員から電話があり、その意外な話に驚きました。

「松本上告書案」への抗議と信憑性の問い合わせです。

 カマキリ訴訟の健闘を評価し、理事会で全面支援と連帯を提議する予定にしていたところ、このたび松本氏から送られてきた上告案を読み、見合わせることにした。これは「カマキリの会」としてのものか、または「松本私案」であるのか との問い合わせで、“本当にこれを出されるのか?とんでもない、これはシベリア抑留者の心ではない” と。   私の心配は杞憂ではありませんでした。まだ高裁判決が出もしない段階で、仲間の検討もないのに 勝手に外部へ出されるとは・・・・

 早速その文書一式をFAXで入手、、ようやく事の概要を知ることができました。これでは相手が怒るのは当然で、“効果のないことをやっているより おれの論法でやれば良いのだ” といういつもの松本流で、極めて高飛車なものでありました。 いつぞや いまいげんじさんをカンカンに怒らせたのと同じ調子で、“私はかく考える” のは勝手ですが、人にそれを押し付けて同意を迫るのは無理、その上 “返事がないのは同意したことである” とは全くの独善です。

 

理事会の様子は出席された加藤木さんから詳しく聞きましたが、一応は6月28日の判決まで静観ということに落ち着いたようです。表向きはそうであっても “これはカマキリの反動化だ” と執行部に不信が広がり、“我々は捕虜ではなく抑留者だ” との変節は相沢派と変わらんではないか の声も出たようです。

 全抑協は東京都連の力で民主党の長妻 昭議員を中心として「戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案」の作成を進めています。これにはカマキリも参与し、大阪府連とも提携したいわば立法府への最後の運動です。カマキリもいまや個人プレーでは済まない社会の責任があり、自分勝手な松本流はそれらのぶち壊しです。とりあえずは非公式の個人プレーであること、カマキリとしての態度と方針は高裁判決を見たうえで決定する旨を返事いたしました。

 そこで現在の緊急課題は松本、池田の意見の違いの調整、つまり統一です。

1)高裁判決に勝てば国が、負ければこちらが、いずれにせよ上告です。

2)その内容は判決の中身次第で、有利であろうと思われる方に重点を置いた上告になるのは当然で、まだ中身が判らない今、くよくよ考えるのは無駄であります。

3)ただし、判決を見て方向を何処に定めるか、これが第1の問題です。誰がどんな方法で決めるのか。次に方向が決まれば絶対に一本化です。今のような2本立ては今度許されません。この二つがカマキリに出来ますか?

4)私はこの際公正な立場の弁護士を1人依頼して、すべてを委任する以外道はないと思います。

5)もしこの提案が容れられず、今のままの不自然な体制で最高裁へ進むのであれば、私は6月28日をもって退会いたします。           

   「松本上告書案」批判                       2002.4.8.

 裁判ははじめの訴状に述べられた事柄が裁かれるのであり、途中でこれを濫りに変えられるものではありません。六甲の水と信州の水なら差し支えはありませんが、油では困るのです。このたび松本さんが勝手に公開された「松本上告書案」は今までの主張の正反対で、これでは別の裁判になってしまいます。その違いは概略つぎのとおりです。

1)占領下の主権の有無

松本説・・・・主権なし。「マッカーサー基準」で裁け。

訴状・・・・・・ないに決まっている。日本国憲法と法律で裁くべし。

2)「シベリア抑留」の根源

松本説・・・・ソ連だけでなく連合国全部が加担して発生した。

訴状・・・・・・スターリンが主犯、それを国体護持と役務賠償のため将兵を引き渡         した日本が共犯。

3)国は「シベリア抑留」を国民に知らせたか

松本説・・・・57年間一切何一つ発表していないから補償せよ

訴状・・・・・・報道は不十分だが秘匿、隠匿の事実はない。しかし放置の責任を         免れない。

4)国際法の主張は必要か

松本説・・「シベリア抑留者」は捕虜ではなく抑留者だから国際法は関係ない。

訴状・・・・国際法は主要な争点。無条件降伏の将兵は無条件で捕虜。

「松本上告書案」

第1章      占領時代にはわが国に主権はなかった・・・・について

主権がなかったことに決まっているのに、ことさら論議を重ねるのは無意味です。原審でも “法的、政治的にみれば、独立国としての地位と権限を有するには到っていなかった・・・・” と極めて明確に判示しています。審判がはっきりストライクと言っているのに何をいまさら争う必要がありましょうか、誰も主権があったとは言っていない以上、この説はまったく意味がなく撤回されるべきであります。次に 裁判は「マッカーサー基準」でやれ ですが、これも妄説で具体的にどんな法律を言うのか、六法全書のどこにそれは書かれていのるでしょうか。

 この奇怪な説は “敢えて反論の要を認めない” と国側に軽く一蹴されていることはご存知のことでしょう。論者がいったい何を言いたいのか、それは「国家無答責の法理」への不満であろうと思います。これならカマキリも同感で、それならそれを咎めればよいのであって、既に「控訴人準備書面10」においてしっかり反論したところです。(第3の二の2) 不毛の主権有無の論争や「マッカーサー基準」は力説する重要争点でもなんでもなく、肝心の「シベリア抑留」に直接の繋がりがあるとは思えない、これを主張するのはまた別の裁判となり、外国人に聞いてくれ  とは独立国の司法を蔑ろにする危険な思想で、百害あって一利もない珍説に同意するわけにはゆきません。

 第2章 「シベリア抑留」発生の根源に関する推測について

 多言を要する必要はありません、推測や憶測では裁判になりませんので全面的に撤回されるべきです。 ・・・・ものと考える。 ・・・・のような気がする。 感じがする。 推定する。 あったであろう。 私の想像に過ぎないので・・・・ 等々 事実であっても認否が厄介な訴事に 「もしも・・・・」は禁句であります。

 それらよりも問題はこの妄想がカマキリの主張を根こそぎ破壊する危険性を持ち、とうてい黙視できない思考であります。我々は一貫して「シベリア抑留」の根源を、主犯スターリン、共犯日本国と位置付け、その責任を追究してまいりました。それを今になって “ソ連だけでなくアメリカも加担している” と戦線を拡大される真意は何であるのか、それがなぜ裁判に必要であるのか。これらが 「もしも・・・・」 の憶測で語られる珍説は一笑に付されるのみでしょうが、論者の私的嗜好はカマキリ懸命の努力とその評価を水の泡と化し、後々までの物笑いにされることでしょう。

 アメリカ加担の妄想を糾明するのは容易ですが、「シベリア抑留」をめぐる対日理事会での激しい米ソ論争の記録を読めば、論者の誤りは明らかであります。

第3章 国が「シベリア抑留」を秘匿したこと・・・・について

 そのような事実はありません。国民に対する知らせが充分でなく誠意に欠けるところが多いのは事実ですが秘匿、隠匿の事実はなく、賠償を要するほどの犯罪だとはいえません。その証拠に論者が主張するとおり10月17日在京5紙は現に報道していますし、国は市町村を通じて通達済みです。国民は対ソ戦線の兵士がソ連領へ抑留されたことは早くから知っていました。カマキリが国の責任を追及しているのは隠匿ではなく、無作為に放置した責任を突いているのです。

 以上「松本上告書案」は全章杜撰かつ妄想の産物で、上告に相応しい論ではなく、撤回されるべきであります。特に大きな争点の柱としての国際法を “我々は捕虜ではなく抑留者である”から必要がない とは自殺的主張であり、上告以前の敗訴と言わざるをえません。

 私は正々堂々と国を相手に戦うのは厭いませんが、それ以前に「松本説」と格闘するのは疲れます。撤回されないのであれば、私はこの辺りで退散したいと思います。

 カマキリれぽーと4               2002.5.20. 

  大阪高裁判決お知らせ

 目にも鮮やかな新緑に活力もりもり、原告一同おかげで元気です。

 前便でお願いの署名運動は皆さまの熱心なご協力で予想を超える成績で、来る6月5日に国会へ提出の運びとなりました。世話人一同厚くお礼申し上げます。引き続き今国会で「戦後強制抑留者に対する特別給付金支給に関する法律」の成立を請願し、一人一ヶ月10万円の補償を推進するため両院の議長に出されるものであります。この動きに呼応して政府の真摯な対応を求める小沢和秋議員の国会質問があり、厚生労働省へは日本ユーラシャ協会からの提言など、内外の激しい働きかけが続いています。メディアも漸く「シベリア抑留」を取り上げ、特に4月27日の朝日新聞は効果充分で新しい会員の加入が引きも切らず、全抑協の新組織はうれしい悲鳴をあげています。行政、立法への攻勢とカマキリの戦いは表裏一体で、これら世論の盛り上がりは判決を有利にするものと期待しております。

 2月結審のあと書面作りから開放されたカマキリは、マスコミへ向けて積極的な投稿を続けています。今まで不十分であったこの方にも何とか判って頂きたい、ボツは承知の作戦です。その語録を同封いたしましたのでご覧ください。

 高裁判決は下記のとおり、勝てば相手が、負ければ此方がいずれ上告は必至の流れで、来るべき最高裁を視野に事務局ではパソコンを導入いたしました。いささか泥縄ですが一日も早く戦力にと、一からの初心者を手ほどきからお教え下さる方、ご好意をお待ちしています。

 大阪高裁判決は6月28日午後1時15分より。 第82法廷。


朝日新聞「私の視点」掲載 “シベリア捕虜は沈黙しない”   2002.5.21.

 朝日新聞の連載「日米同盟展望」において前駐日米大使トーマス、フォーリー氏が、元米軍捕虜が戦争中の強制労働への補償を日本政府や企業に求める動きについて次のように述べている。「法的問題は条約で片付いても、元捕虜はここにいる。彼らを沈黙させることはできない」アメリカの元捕虜たちは戦後の早い時期に母国によって補償は受けたと聞く。それにもかかわらず、日本国や企業の非人道的行為に対しカリフォルニア州で補償を求めて訴えている。

 そこで思い出してほしいのが、戦後、シベリアに抑留された日本人のことである。60余万人が連行され、6万8千人が犠牲になった。2年から12年間、極限の地の強制労働という、規模においても悲惨さにおいても未曾有の事件である。

 私は関東軍の二等兵として旧満州の新京(現・長春)で終戦を迎え、そのまま旧ソ連の炭鉱町アングレン(現在はウズベキスタン領)に連行された。3年間、心身ともに極限の体験をした。抑留中の苦しい思いは心中に鬱積し、しばしば夢に見てうなされるほどだった。いずれは「ご苦労だった」とねぎらいの言葉があると思っていた。

 しかし、非人道的な行為に対する補償はおろか、国際法が保証する未払い労働賃金を日本国は支払わないのである。平均年齢82歳という私たち5人の抑留体験者が「カマキリの会」を作り、大阪地裁に提訴したのは3年前のことだ。6月、高裁の判決を迎える。私たちが願っているには法廷という公開の場で「シベリア抑留とは何か」を明らかにすることである。

 とくに @国が60余万の将兵をソ連に対する「役務賠償」として送ったのではないか。その実相を明確にする A国が自国の捕虜に未払い労働賃金を払わないのはジュネーブ条約違反 B非人道的な災害に対する行政・立法の無為無策の責任、といった点を問いたいと思っている。

 何よりもこんなことが二度とあってはならないと訴えたかった。これまでのシベリア抑留裁判では「戦争被害は国民が等しく負担すべきもの」「ジュネーブ条約はさかのぼって適用されない」などの判決が出ている。だが、国の道義を問う事案は法令の施行前か後にとらわれず、事実の正否を判断すべきだろう。


 フォーリー前大使は、捕虜の補償問題は「日米の平和条約で解決済み」との見解を示した。今のところ、日本側に法的な支払い責任はない。だが、そうなると立場が逆のシベリア捕虜には支払わねばならないのである。56年の日ソ共同宣言によって、戦争による請求権のすべてを相互に放棄したのであるから、捕虜がソ連から受け取るべき未払い賃金は祖国である日本が支払って当然である。

 この自国民自国補償方式は世界各国で行われ、日本も米、英などの捕虜になった日本人兵士には支払っているのである。なぜシベリア捕虜にはできないのか。

 「シベリア抑留」は日ロ平和条約に取り組む上でも欠かせない問題である。未解決は北方領土だけではない。フォーリー前大使の言にならえば「シベリア捕虜はここにいる。彼らを沈黙させることはできない」。       池田幸一

   控訴人木谷丈老への書簡 4              2002.5.25.

 お電話の件ですが、もしカマキリが私を必要とされるのでしたら貴方と加藤木さんに腹を括って貰わねばなりません。“そう短気を起こさず今まで通りで良いではないか、折角の仲間なのだから” のようでしたら、私にはとても事務局は勤まりません。判決は不吉なことを言うようですが難しいでしょうし、素人ではこの辺りが限界です。その上いずれは上告ですが、このままの二本立てでは無理であります。分裂しようがどうなろうが最高裁は一本でないと玄関払いでしょう。ここのところを是非判っていただきたい。

 上告書は専門的である上に丁か半かのどちらかで、両方に張るわけにはゆかないのです。“お前の心は二つあるのか?そんな人格のない人間は訴える資格がない・・・・ ”失格です。

 上告書は皆さんで充分検討して頂いて一本に纏めねば駄目ですが、今のカマキリにそれができますか? 私が提案するのはこの際しっかりしたプロを入れて、すべてをプロの判断に任すこと、我々はその意見に異議なく従い自我を張らないこと、(当然私も含んで です) これより道はないと思います。それならOさんが居られるではないか、しかしOさんはプロであられてもオブザーバーで、またあのお人柄では深く踏み込んで下さらない。

 そのOさんの非公式なご意見ですが “池田案中心が望ましい、松本さんは不承知だろうが、それなら松本単名で意見書として出されては・・・・” と、これではブレーキにならないのです。その松本さんは “やめたい人間はやめるが良い、独りになってもおれはやるからな” と弁護士の介入には反対です。何故なら 自分に形勢が悪いのが自分でもお判りだからです。 幸い東京のAさんや細川会長のお世話でその弁護士の話も進んでいます。皆さんがここでご承知下さるなら、私ももう一度がんばってみようと思います。

 ボツばかりだった私の投稿が幸い5月21日の朝日新聞「私の視点」に掲載されて、カマキリの評価もあがり、万事がやり易くなった気がします。世界の流れも国会事情も良い方向にきているようですし、ここで退散は残念ですが良い勉強をさせていただきました。この経験を生かして引き続き立法化の方でお役に立てれば と考えています。運動は車の両輪です、司法と立法の両々相まってこそ勝利の可能性も見えてくるでしょう。

その弁護士先生はお二人がよくご存知の方で、義侠心から破格のギャラでお引き受け下さるように聞いております。もしこの提案をご承知下さるのなら早々に上京して契約せねばなりません。あと一ヶ月、シベリアのことなら万事ご存知の先生ですから今なら間に合いそうです。この話は松本さんには暫く伏せておいて下さるよう・・・・

 判決にはいまいげんじさんも来てくださるそうです。足許が少々ご不自由ですがまだお元気です。それから東京の保阪正康さんも行きたいと、決まれば記者室が喜ぶでしょう。

 なお6月28日は納会を気持ちよく打ち上げたいと思います。判決が終わり次第、有馬温泉の「簡保の宿」で一泊、Oさんもお誘いいたします。是非ご予定ください。

  戦後補償ネットワーク A氏への書簡      2002.5.29.

 取りあえずはこの度の江藤洋一先生へのお執り成し、まことに有難うございます。

お陰で助かりました。内部もほぼ纏まり、来る6月3日午後1時、四谷の改札にてお待ち申しております。私のほか日立の加藤木敏雄の二人、江藤先生には初めての上、この方面の事情に不慣れでありますので、どうか適宜のご助言をよろしくお願いいたします。四谷の後は 東京に舞台が変わりますことから、出来ますれば細川会長、平塚事務局長さんにもご挨拶かたがたご依頼のこともあり、夕食会でもと考えております。

 それにしても昨年11月以来、貴方のお近づきを得ましたことはこの半年の大きな収穫で、朝日新聞に焦点をおいて仰せの通り「私の視点」に投稿を続けましたことはその一つであります。今回の掲載は高裁判決前という絶妙のタイミングで、これ以上は望めない成果でありました。この欄ではじめて貴稿を拝読し、続いて藤田幸久、徳留絹枝、レスター、テニーの各氏を知り視野を広げました上に、今回私も同窓の一員となることが出来ましたのは大きな喜びです。今のところ新聞社を通じての未知の方の激励や共感が続き、それらの手ごたえを楽しんでいますが、やはり多いのは旧知の声で、“どうだ、新人文学賞の気分は・・・・” などに他愛もなく喜んでいるところです。これで裁判がどうの などは考えてもいませんが、後日5.21以前とか以後とか言えるほどの転機になってほしいものだと願っています。

 新聞の力は恐ろしい、4月27日に全抑協大阪支部の近況を報じてくれた記事もバカ当たりで、10数名がたちまち200に届こうかの新会員を集めました。“ シベリアは相沢派だの斉藤六郎の時代ではない、「未払い賃金」に集まろう” の叫びを書かせた石元事務局長の大手柄となりました。人は集めたがさて何をするか、まず組織をと ようやく形も整い、7月末には旗揚げ総会のようであります。代表は緋田吉郎、これは九州の下屋敷さんの推薦によるもので、もと共産党の中央委員とのことですがその体臭はなく、なかなかの人物。私も事務局委員ということで手伝うことになりました。

 東京で起案中との「民主党シベリア法案」は法制局も関与と聞き、これは本ものだと喜んでいます。どのようなものであるのか、いずれ上京の節伺いますが私も多少材料の持ち合わせがあり、一度纏めたいと思っています。民意も加味されるのか、議員サイドに任せるのか知りたいところです。

 取り急ぎのご依頼と近況のご報告まで・・・・
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