第1章

  2、大阪地裁1009法廷

  <その2> 被告の反撃とジャブの応酬            1999.6.17〜

原告第1準備書面 原告第2準備書面 第3回公判ご案内
訴訟提起に際して原告らの陳述 43年目の「日ソ共同宣言」
の日に想う
被告第2準備書面
原告第3準備書面

 原告第1準備書面        平成11年8月20日

 被告第1準備書面(求釈明)に対する回答次の通り

1、  について
 被告は憲法17条をプログラム規定と言うが、原告らはこれを否認する。本条は明治憲法下で妥当していた「国家無答責の原則」を廃棄し、被害者救済を十分にするために「国又は公共団体」の責任を明確にしたものである。

 従って国家賠償制度の核心にかかわる領域については法律の定めがなくとも、直接本条によって賠償請求権が発生すると解すべきであろう。(佐藤幸治著憲法「第3版」614ページ参照) また原告の請求の趣旨は金銭請求だけではない。

 民法709条は国家賠償法施行前の行為にもとづく損害について同法附則に示された「なお従前の例による」の定めの根拠となるものである。

 人道法とは国際人道法、ヒューマニターリァン、ローのこと。かっては交戦法規と称せられていたもの。

 以上訴状通り主張するので了承されたい。

 2、について
被告公務員の不法行為あるいは被告の財産権侵害行為について、これらは敗戦の前後に複数で発生したものであり、昭和20年10月16日閣議もその流れの一現象であるので特定はしない。これら国の一貫した棄兵棄民の実態とあいまいに放置された戦争責任については(末記(イ)ヨリ(ホ)他)引き続き準備書面に於いて詳記する処である。

(イ)元総理大臣             近衛文麿  (和平交渉の要綱)
(ロ)元関東軍総参謀長 陸軍中将 秦 彦三郎 (大本営参謀の報告に関する所見)
(ハ)元関東軍参謀    陸軍大佐 草地貞吾  (ソ連軍に対する陳情書)
(ニ)元関東軍参謀    陸軍中佐 瀬島龍三   〃
(ホ)元大本営参謀    陸軍中佐 朝枝繁春  (関東軍方面停戦状況に関する実視                                報告)

                                                   

 原告第2準備書面                  平成11年8月20日

求釈明

1、  被告は国家賠償法は権力的作用に基づく場合(国家賠償法1条)と言っているが権    力的作用に基づくとは如何なることを言うのか明らかにされたい。

2、  被告は709条は私経済作用についてのみ適用されるというが「私経済作用」とは如何   なることをいうのか明らかにされたい。

3、  原告からみればシベリア抑留は総ては秘密に取り扱われ、何の法律によるのかも明ら   かにされず、当事者(被害者)にはその後約54年たった今に至るも伝達されず、社    会に対しては今以って真実が発表されていない。それ故原告らはシベリア抑留の承   認は如何なる法律に基づくものか釈明を求める。

以上

   第3回公判ご案内              1999年9月1日

 日時・・・・平成11年9月10日 (金) 午前11時より
 場所・・・・大阪地方裁判所本館10階1009法廷

 まだ序盤戦のジャブの応酬といった所ですが、当日は原告代表の松本 宏が冒頭陳述を行います。1回だけ認めましょうと 制限されたこのチャンスにどのように主張できるか、同封の「訴訟提起に際して原告の陳述」をご覧ください。黒パンを食った仲なら“そうだ!” その通り“ と思わず同感下さるものと存じます。

 公判はまだ序の口で、被告国の準備書面が来ない限り前へ進めないのです。被告国は返事を遅らせて5月14日に釈明を求めてきました。原告の言うことがよう判らんから返事の仕様がない、もう一度判るように釈明せよ、答弁はそれを見てから出すというのです。その要旨は、

1)   原告らは無知で裁判をやる資格がないのではないか。
2)   最高裁まで行って決着済のことばかりだから、同じ事を二度言っても無駄。

 原告の言い分をその事だけに特定して、問題の広がりを防ぎ、小さいうちに潰してしまえ ・・・・このように考えられます。

 これらに対し当方は8月20日に準備書面第1、及び第2として求釈明を出しています。法的根拠を説明し、特定ではなく広い捉え方で国の不条理を突きたいので早く審議に入るべきであると述べ、当方も判らんことがあるのでと逆に質問をしたのであります。

 ただいまは各人がテーマを分担して本番の準備書面つくりに寧日なき毎日です。

 残暑厳しい折からどのような判決が出るのか、 先は長いですがその日までのご長命をお祈りいたします。

 

    訴訟提起に際して原告らの陳述       平成11年9月10日

 私は松本 宏と申します。原告一同を代表して提訴にいたりました理由等について申し述べたいと存じます。

1、  敗戦後60万余の将兵がシベリアその他ソ連領に抑留され、逃げ出せば撃たれるというまさに古代の奴隷的拘束の下で、長期にわたって言語に絶する労役を強いられ、そのため6万余の犠牲を出した悲劇は豊葦原瑞穂の国はじまって以来の屈辱となりました。私は不運にもこの地獄の日々を体験したのですが、思い出すのも辛い記憶の中でただ一つ誇りを持ち続けた自負があります。

 “私は辛いけれども国のお役に立っている、一億国民の身代わりになってソ連が要求する賠償のため、身を粉にして働いているのだ” と。

 ところが国の考え方なされ方はまるで正反対で、何の評価もなければ恩賞もなく、教科書にさえ取り上げられない有様で、われわれの苦労はいったい何であったのか。「シベリア抑留」とは歴史の上にどのように位置づけされるのか、これらが正されない以上老兵は死ぬにも死に切れない思いであります。国のため酷寒の中で腹を減らし、牛馬のようにこき使われた苦しみを偉い人はご存知ないのでしょうか。

2、  裁判は事実の確認が第一歩だと聞いております。それなら先ず厳冬期のシベリアに出張され、収容所の生活や強制労働の現場などつぶさに体験され「シベリア抑留」とはどのようなものであったのか、その真実に基づいた判決を求めるものであります。よろしければ同行して案内いたします。

3、  捕虜は勇者であり愛国者だというのが世界の常識でありますが、ひとりわが国の“生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪科の汚名を残すなかれ” に象徴された捕虜蔑視観と国際法の無視がどれだけ忠勇なる将兵を殺したか、またおびただしいBC級戦犯を死なせたか、これらは戦争に負けてはじめて判ったことで世界に顔向けも出来ない恥でありました。それではこの国際人道法にもとる野蛮な考えを心から悔い改めたかといいますと、決してそうではなく、国は今に至るも戦争責任に目をつむり、一向に懲りていないのであります。世界の文明国では自国捕虜の身分と権利を尊重し、国内法によって応分の補償と救済を行っていますが、わが国は「シベリア捕虜」の事後処理に何ら誠意ある対応を示さないのであります。これでは戦前の戦陣訓時代と少しも変わらないではありませんか。また同じ捕虜でも南方組には労働賃金を支払い、シベリア組には支払わない。これで世界に向かって法治国でございと、立派な口を叩けるでしょうか。

4、  敗戦後54年を経た今日「シベリア抑留」問題にあれこれ経緯はありましたが、現在ただ今はどのようになっているでしょうか、半世紀を大観していただきたいのです。

 @ 「シベリア抑留」は架空の事件ではなく、実際にあった事件である。

 A     強制労働によって莫大な労働価値が生じている。

 B     その価値は捕虜のものであり、帰還後所属国たる母国日本で支払いを受けるのが    国際法の定めである。

 C      ましてやシベリア捕虜は国家の最高命令、また天皇の詔書により抑留され、さらに    10月16日の閣議で承認された国の公務による兵士である。

 D      しかしわれわれは母国から未だ一円たりとも支払いを受けていない。

  以上は否定の余地のない歴然とした事実であり、これを請求するのは道理に叶ったことだと思います。しかしその道理は法律とその解釈によって歪められ、何の措置も講じられないまま消されようとしています。

 富士山はいつも新幹線からよく見えるのですが、本日はダメでした。しかし見えないからと言って富士山そのものが消えたわけではありません。この現象は変幻自在なガスのいたずらで、富士山という存在に何の変化もありません。道理が通らないのは法が悪いのか、道理という山がはっきり見える明快なご判断を希望します。

5、「シベリア抑留」の背景にはわが国にも重大な責任があります。天皇制護持のため、またシベリア出兵以来の莫大な賠償金決済のためわれわれはソ連へ引き渡されたのであります。この国は時には国民を捨て、その後始末もろくにしないのです。このような国が国民に向かって愛国心だの忠誠を説くことが出来るでしょうか、これは民族の矜持に関わる問題です。僅かの費えを惜しむばかりに国の尊厳まで損なわないでほしいと思います。

6、1949年ジュネーブ条約第6条によれば “いかなる特別協定も、この条約で定める捕虜の地位に与える権利を制限するものであってはならない” とあり、この国際法を遵守する限り、その後1956年に締結された「日ソ共同宣言」は無効の疑いがあります。日ソ平和条約への交渉では今度こそ捕虜への謝罪と賠償を明白にし、真の日ロ友好の基礎とすべきであります。なお、それを免れる方法は同じ6条末文に明らかです。すなわち “紛争当事国の一方若しくは他方が捕虜について一層有利な措置をとった場合にはこの限りではない” 

7、最後に今後審議の進め方についてお願いがあります。原告らはそれぞれ高齢であり聴力が衰えて難渋しております。各人で補聴器等調達して万遺漏のないよう努めますが、皆さまも出来るだけ大声でゆっくりと時には拡声器のご配慮を賜りたい。また審議の時間設定もゆっくり目に、さらに原告の高齢を考慮して開廷日も特に一ヶ月に一回程度に早められるよう一同お願い申し上げます。

 以上意あまって舌足らず、思いの丈の僅かしか述べられませんが、何れ証拠を添え準備書面などで提出します。なにとぞ未だシベリアの凍土に眠る戦友によき土産となるような判決を期待する次第であります。

   43年目の「日ソ共同宣言」の日にに想う          1999.10.19.

はじめに

 シベリア抑留とは、敗戦時に勅命によりソ連軍に降伏した60万の壮丁がシベリアその他ソ連領域に長期抑留され、過酷な状況の下で牛馬の如く酷使され6万有余が非業の死を遂げた悲劇である。これは豊葦原瑞穂の国始まって以来の日本民族が蒙った最大の屈辱である。

 やられた祖国も受難者と同じようにいずれはわれわれに代わって恨みを晴らしてくれる、道義と人道に外れたソ連の非道を厳しく糾弾し、相応の謝罪と賠償を取ってくれるものとばかり思っていた。日ソの恒久平和だの友好など口当たりの良い言葉は領土問題と「シベリア抑留」の二大障壁が解決されない限り、絵に描いた餅に過ぎないのだ。

 その後日ソの間に歳月は流れ漸く1955年ごろから和平への歩み寄りがはじまり、1956年10月19日にひとまず調印を見たのが「日ソ共同宣言」である。領土問題は双方の同意が容易ではなく一旦は棚上げとなったのは周知のとおりだが、もう一つの眼目はどうなったか。

 驚くなかれ わが全権は「シベリア抑留」のシの字も発することなく唯々諾々とソ連側に同意し、相互放棄という形で自らの請求権を自らが葬り去ったのである。非力と言おうか臆病か、これはまさに敵前逃亡であり、祖国はわれわれに敗戦時に続いて二度煮え湯を呑ませたのである。43年目のこの日を迎え老兵の思いは尽きない。

1、国の変心

 国もはじめは怒っていたのである。外務調書「引き上げ問題の経過と見通し」には “国際法的に捕獲国が敗戦国の俘虜または残留者を使用する権利は認められていないのであって、これらに対する賠償、支払いの要求は来る講和条約の一重要事項となるであろう。” と述べている。

 また外務調書「在ソ日本人捕虜の処遇と1945年8月15日のジュネーヴ条約との関連」があるが、国際法に反して非道な労役を課したソ連を各項に渉って弾劾している。 “・・・・ソ連の管理下に入った総ての日本人が当初動物以下の取り扱いを受け、しかも冷酷無慈悲に酷使され膨大な死亡者を出したことは明白である。何人もこれを否定し隠蔽することは出来ない。我々は異境にあって千載の恨みを呑んで死んでいった同胞を心から痛むと同時に、出来るだけ早い機会に国際連合を通じて編成派遣される公正な国際機関によって逐一現地調査が行われ、一切の事実が公表されることが望ましい。” と。書かれたのは敗戦後5年目のことだが祖国はわれわれと同じように怒ってくれていたのである。この頼もしい国がいつから腑抜け同然に成り下がり、同床で異夢を見るようになったのか、我々は迂闊にも国の変心に気が付かなかったのである。

2、国の陰謀

 戦後の混乱もようやく収まって次第に事情が判ってくるにつれ、国は「シベリア抑留」が容易なことではなく、実は大変な事件であることに気が付いた。

1)   ソ連がわが国にシベリア出兵以来の莫大な貸方勘定(賠償請求)を持っているらしいこと。(822億ルーブル余、約7兆円)

2)   それを取り立てるための「シベリア抑留」であり、60万の労働力をスターリンに先取りされたらしい、つまり「シベリア抑留」はソ連に対する明らかな役務賠償なのである。

3)   強制連行されたとき、わが国も“・・・・貴軍の経営に協力する如くお使い願い度いと思います。”と働きかけていたこと。つまり自国の将兵を敵国に引き渡した事実。

4)   国際法の理解が進むにつれ、未払い賃金を払うのはソ連ではなく、どうやら所属国たる日本であることが判ってきたこと。

5)   それならいったい幾らを要するのか? 算盤を弾いて仰天したことであろう。数兆円にも達する巨額である。しかし肝を潰すこともあるまい、それが「シベリア抑留」の実の姿であり何の不思議もないことなのである。

6)   やっと判ってきた国の考えはタダ一つ、役務賠償を認めれば捕虜への補償は避けられない。それなら何とかこれを免れる工夫をするより他に道はない、ここにおいてわれわれと国の利害は真っ向から反し、立場は完全に対立していたのである。

3、国の背信

 一旦は亡国の淵に立たされた敗戦の危機も、引き続いての米ソ冷戦の緊張と、アメリカ占領政策の必要に救われて辛うじて戦後の混乱を脱出できたのは僥倖であった。特にアメリカ主導の寛大な戦犯処罰と戦勝国への賠償放棄はありがたく、これらが逸早い奇跡的復興の主因となった反面、戦争責任の自浄を怠ったさまざまな弊をいまに持ち越すことにもつながった。

 このように戦争関連国がわが国から蒙った甚大な戦禍を許し、ほとんどが賠償を放棄して呉れたのが1951年のサンフランシスコでの平和条約であった。アメリカ主導の提案には当然のことながら強い不満を生じたものの、完全に壊滅した日本から取り上げる何物もない現実から、やむなくこれに同意したものであろう。多少の差はあれこれで一件は落着を見た。

 しかし例外が一つある。条約に加わらず和平を後日に持ち越したソ連であるが、この国のみ大きな実利を手にしているのである。僅か旬日の一方的な参戦で領土をせしめ、「シベリア抑留」という役務賠償の利益をも独占した。特に「シベリア抑留」は死人同然の敗戦日本からは取るものがないと見て60万の労働力を先取りし、酷使して得たものである。“暴に酬いるに徳を以ってす”の実に寛大な中国に比べ、この強欲をなんと罵るべきか。なにはともあれこの非道が正されないまま、悪徳漢のみトクをしている不条理が今日まで持ち越されているのである。

1)   この不条理のブレーキとして平和条約の第26条がある。

 “日本国が、いずれかの国との間で、この条約で定めるところよりも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争請求権処理を行ったときは、これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼされなければならない。”

 即ち「シベリア抑留」がソ連への役務賠償となれば、日本国はその他の平和条約調印国に対し、ソ連に与えたと同様の賠償をしなければならない。日本が「シベリア抑留」をそうであるとは口が裂けても言えない理由がこれでお判りだろう。

2)   老兵に「未払い賃金」を払うか払わないどころの話ではない、下手をすれば国が潰れるが、これをどう切り抜けるか・・・・答えは一つ、「シベリア抑留」をなかったことにしてしまえ、その必死の努力が「日ソ共同宣言」への取り組みである。

3)   漸く死地を脱した戦後の新生日本に必要なものは国際社会への復帰であった。その時期ドイツの捕虜はすでに一人も残っていないと言うのに、日本兵のみ未だ抑留され苦難に喘いでいる問題や北洋漁業のトラブルなど、いくら嫌であろうとソ連との講和は急務であり、取りあえずは周知のとおりの手を打ったのであるが、そのやり取りを知れば知るほど「賠償ぼかし」の苦衷を知ることが出来る。わが国はまたも「シベリア抑留」を犠牲に世紀の難問を切り抜けたのである。

4)   捕虜への賠償をするもしないも日ソ両国が、「シベリア抑留」の事実を法的になかったことにしてしまえば問題はないのである。あれは捕獲された将兵の船待ちであり、その間の食い扶持を各自が働いて賄ったのであって、賠償でもなんでもない。これらは多少長くはなったが帰還の経過であって抑留でも拉致でもない。

5)   “・・・・実際は莫大な労働利益を手にされた貴国も、このように口裏を合わされたい。そうでないと貴国は、サンフランシスコ条約の第26項により折角の利益を吐き出す恐れが生じます。このたびの宣言では本件に関しては双方ともひと言も触れずにおきましょう。すべては第6項の表現どおり、よろしいか、これが両国唯一の良策です。” 全権大使松本俊一の努力は終始これに尽くされ、ついに「シベリア抑留」の事実をゴシゴシと削り取ってしまったのである。これら一連の経緯は日本外交史29巻 (吉沢清次郎著)から容易に読み取ることが出来る。

6)   “働けば報酬が与えられる” この万国共通の法則も、当該国の双方が請求権の存在、すなわち事件そのものを法的に認めず、また少々はあるにしても双方が相互に放棄した以上、両国に支払いの義務はない。というのが国の立場である。

7)   これらが当の受難者不在の場で、しかも何の呵責もなく “お互いに無かったことにしましょうや、その方がおトクです。” と談合された「日ソ共同宣言」を貴方はどうお考えでしょうか。これは借金踏み倒しとして悪名高い中世の徳政令同様の現代国際版である。私も日本人である以上ここは一歩を引いて、こんなインチキ論法でも国が救われ、国民が助かるというのであれば了見もしよう。しかし詭辯はともかく本音の部分の感謝や配慮の気持ちがまったく欠落しているのが問題なのだ。法的に消し去ることが出来たとしても抑留の真実や歴史をまで抹殺するわけには行かないのである。未払い賃金や補償金では都合が悪いというのであれば、どうして相応の慰労金、または特別交付金での支給を考えないのか。軽少であれ誠意さえこもればそれで充分、要は国の誠意ひとつに掛かっている。

4、国の犯罪

 日本が一言半句触れなかった「シベリア抑留」に口を出したのは他ならぬソ連であった。早くもロンドンにおける第3回会談(1995年6月14日)で、12か条の草案を示し、その中で賠償請求権の放棄を提案している。それを受け本条の6項に纏め上げて天下を幻惑した日本の役人芸には感心するが、地獄の底で苦しんだ老兵から見ればこれは一種の詐術である。  

1)“ソ連抑留者の強制労働により、ソ連が利益を得たという事実があったとしても、法的に、これが賠償の一形態であるとは考えられておらず・・・・特別の措置を講ずることは考えていない。” これが1980年10月9日の総理大臣鈴木善幸の答弁であり、一貫した国の言い抜けの基礎はこの時作り上げられている。

2)相手側が自主的に賠償請求権を放棄してゼロになっているものを、抑留者の労役で肩代わりできるものではなく、またその必要もない。

3)双方がそれぞれ請求権を主張し、それを相殺したのであればともかく、お互いが取り下げたのであるからその時 賠償や請求権は自動的に消滅している。

 この裁判ではこれら国の巧妙で精緻極まる言い分との激しい戦いになるであろう。

 賠償権を放棄してくれたソ連を気前の良い国だといって感謝する人があるだろうか。欲の深いことでは定評のあるソ連は遠の昔に元を取ってお釣りがある。本来なら中国に残すべき在満資産をかまどの灰まで強奪し、そのうえ「シベリア抑留」の莫大な戦果をすでに手にしているのである。彼らが困るのは問題が表に出ることだ、ソ連の無法がまたまた世界中に知れ渡るからである。一方わが国も同胞を役務賠償として敵手に引き渡した破廉恥が暴露されて、それに伴う巨額の補償が恐ろしい。日ソの両国とも本件に関しては珍しく意見が一致して、魚心あれば水心、ここはだんまりを決めるのが一番と、以心伝心でうやむやのうちに葬ってしまったのが「日ソ共同宣言」の真相である。

  これらは両国の談合によって抹消されようとする受難者の目から見れば、実に悪質な犯罪である。

5、裁判で訴えたいのは法的でなく道理に基づく判決である

  掘り下げて行けば行くほど「シベリア抑留」を巡る問題は底が知れない深淵であるが、私は 深淵を/前にたじろぐ/蛙かな という句を思い出す。この蛙を蟷螂に置き換えればそれがいまの心境である。特に日ソ共同宣言の経緯は重く、これらを精一杯訴状に訴えたいと願っている。道理とはいまの憲法の基礎だろうが、私はこの精神の下での「法的」万能でない人間味あふれる裁きを期待している。広津和郎にこの言葉がある。

 “何よりも、まず正しい道理の通る国にしよう、この我等の国を・・・・”

  

      被告第2準備書面                平成11年11月5日

第1 被告答弁書における請求の趣旨に対する答弁を次の通り改める。

 1、原告らの請求をいずれも棄却する。
 2、訴訟費用は原告らの負担とする。

 との判決を求める。

 なお、仮執行の宣言を付すことは相当ではないが、仮にその宣言を付する場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第2 被告の主張

一、被告は、被告第1準備書面において、本件請求の根源について原告らに再考を促すとともに、原告らの主張する不法行為及び財産侵害行為の特定を求めた。之に対し、原告らは、平成11年8月20日付け原告第1準備書面において、本件請求の根拠についてはいずれも訴状のとおり主張する旨述べるとともに、原告らの主張する不法行為及び財産侵害行為は、敗戦前後に複数で発生したものであり、引き続き準備書面で明らかにすると述べた。

 現段階では、原告らの主張する不法行為及び財産侵害行為の具体的内容は不明であるが、原告らは、その請求の法的根拠として@国家賠償法1条、A憲法17条、B憲法29条3項C民法709条D人道法を挙げていることにかんがみ、被告は、以下において、右請求の法的根拠についての問題点を指摘することとする。

二、国家賠償法1条及び民法709条に基づく請求について

1、国家賠償法は、昭和22年10月27日に施行された法律であり、同法附則6項は、「この法律施行前の行為に基づく損害については、なお従前の例による。」として、国家賠償法の遡及適用を認めていない。原告らは、被告の公務員の加害行為につき、敗戦前後の行為を問題とするようであるが、昭和22年10月27日前の行為については、国家賠償法の適用はないから、同法に基づく請求を認める余地はない。

2、そして、国家賠償法施行前においては、民法709条、715条は、国又は公共団体の権力的作用については適用はなく、国家賠償法施行前は、国の権力的作用についての損害賠償を認める法令上の定めはなく、その賠償責任は否定されていた。(国家無答責の法理)

 大審院の判例も、権力的作用に関する事項については、国の損害賠償責任を否定するという態度で一貫しており、最高裁も国家無答責の法理を採用している。

 すなわち、大審院昭和16年2月27日判決(民集20巻2号118ページ)は、違法な租税の徴収及び滞納処分を理由とする損害賠償請求事件について、「按ズルニ凡ソ国家又ハ公共団体ノ行動ノ中統治権ニ基ク権力的行動ニツキテハ私法タル民法ノ規定ヲ適用スベキニアラザルハ言ヲ俟タザルトコロナルヲ以テ、管理カ国家又ハ公共団体ノ機関トシテ職務ヲ執行スルニ当タリ不法ニ私人ノ権利ヲ侵害シ之ニ損害ヲ蒙ラシメタル場合ニ於テ、ソノ職務行為ガ統治権ニ基ク権力行動ニ属スルモノナルトキハ、国家又ハ公共団体トシテハ被害者ニ対シ民法不法行為上ノ責任ヲ負ウコトナキモノト解サザルベカラズ。」と判示しているほか、特許法による特許免許の付与処分(大審院昭和4年10月24日判決、法律新聞3073号9ページ)、印鑑証明事務(大審院昭和13年12月23日判決、民集17巻2689ページ)消防自動車の試運転中の轢殺事故(大審院昭和8年4月28日判決、民集12巻1025ページ)につき、いずれも権力的作用であるとして、民法の適用を否定し、国の賠償責任を否定しているのである。

 最高裁判所昭和25年4月11日第3小法廷判決(裁判集民事3号225ページ)は、警察官の防空法に基づく家屋破壊の不法を理由とする賠償請求について、「本件家屋の破壊行為が、国の私人と同様の関係に立つ経済的活動の性質を帯びるものではないことは言うまでもない。而して公権力の行使に関しては、当然には民法の適用がないこと原判決の説明するとおりであって、旧憲法においては、一般的に国の賠償責任を負う理由はない。」 と判示しているところである。

 原告らが問題とする本件での国の公務員の加害行為は、なお明らかではないが、いずれにしても、国の権力行為を問題とするものと考えられ、右に述べたところによれば、民法不法行為規定に基づく損害請求も、これを認める余地はない。

三、憲法17条に基づく請求について

 憲法17条は、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その損害を求めることができる。」としているが、同条の文言からも明らかなとおり、同条にいう損害賠償請求権は具体的な法律の定めがあって初めて認められるものである。

 したがって、同条は、プログラム規定と解するほかない(西埜章、基本法コンメンタール憲法第3版76ページ)から、憲法17条から直接具体的な損害賠償請求権が生ずると解する余地はない。

四、憲法29条3項に基づく請求について

 1、憲法29条3項に基づき、直接損失補償請求が認められるか否かは問題があるが、憲法29条3項は、私有財産を、財産権として補償しようとする規定であって、身体の自由等を補償する規定ではない。原告らの主張によれば、その損失は、身体の自由等について生じたものであって財産的な損失をいうものではないと考えられるから、原告らに、憲法29条3項に基づく損失補償請求権はない。

 2、また、原告らは、財産侵害行為の具体的内容を明らかにしていないものの、つまるところ、シベリア抑留により受けた損害に対する補償を憲法29条に基づき請求していると考えられるが、そのような被害は、戦争犠牲ないし戦争被害であり、国民等しく受任すべきものであって、これに対する補償は、憲法29条の予想するところではなく、同条に基づく請求は、これを認める余地がない。

 最高裁判所平成9年3月13日第1小法廷判決(民集51巻3号1233ページ)は、本件同様シベリア抑留者からの補償が求められた事案について、「シベリア抑留者の辛苦は前記のとおりであるが、第2次世界大戦によりほとんどすべての国民が様々な被害を受けたこと、その態様は多種、多様であって、その程度において極めて深刻なものが少なくないこともまた公知のところである。戦争中から戦後にかけての国の存亡に関わる非常事態にあっては、国民のすべてが、多かれ少なかれ、その生命、身体、財産の犠牲を耐え忍ぶことを余儀なくされていたのであって、これらの犠牲は、いずれも戦争犠牲ないし戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであり、これらの戦争損害に対する補償は憲法の右各条項(指定代理人注 憲法11条、13条、14条、17条、18条、29条3項、40条)の予想しないところというべきである。その補償の要否及び在り方は、事柄の性質上、財政、経済、社会政策等の国政全般にわたった総合的政策判断を待って初めて決し得るものであって、憲法の右各条項に基づいて一義的に決することは不可能であるというほかなく、これについては、国家財政、社会経済、戦争によって国民が被った被害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解するのが相当である。」と判示しているところである。

五、人道法に基づく請求について

 原告らは、本件請求の法的根拠として「人道法」を挙げ、原告第1準備書面においては、原告らのいう「人道法」とは、「国際人道法」のことであると述べている。しかしながら、右原告らの主張によっても、原告らの請求の法的根拠としての人道法の内容が明らかではないから、本件請求の法的根拠が明らかにされていないことに変わりなく、この点において、失当というほかない。

第3 まとめ

 以上述べたとおり、原告らの本件請求は、いずれもその法的根拠に問題があり、請求を認める余地はないものと考えられる。なお、被告は、原告らの不法行為及び財産侵害行為の内容の特定をまって、右の述べたところをさらにふえんして反論することとする。

    原告第3準備書面                      平成12年1月10日

   被告第2準備書面に対する回答

 1、被告答弁書の趣旨については裁判所に対するものと了解し回答しない。
 2、
    
@ 法的根拠については各項とも被告の主張を争う。
    A   原告はまだ具体的に何も言っていない。以後申し述べる事実の確認が終          わりもしない段階で、この論議は適当ではない。
    B 原告の法的根拠は以後の準備書面において、その時々のテーマに合わせ         立証を準備して反論する。

 3、また平成11年8月20日提出の原告第2準備書面にて釈明を求めた3項目については未だ回答に接していない。

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